たり読経《どきょう》したりする中に小唄を歌うのや化物《ばけもの》のまねをして人をおどすのがあったりするのも面白い。その外にも、例えば「人の刃物を出しおくれ」「仕《し》もせぬ事を隠しそこなひ」のような諸篇にも人間の機微な心理の描写が出ている。「白浪のうつ脈取坊」には犯罪被疑者がその性情によって色々とその感情表示に差違のあることを述べ「拷問」の不合理を諷諌《ふうかん》し、実験心理的な脈搏の検査を推賞しているなども、その精神においては科学的といわれなくはないであろう。「小指は高くゝりの覚」で貸借の争議を示談させるために借り方の男の両手の小指をくくり合せて封印し、貸し方の男には常住坐臥不断に片手に十露盤《そろばん》を持つべしと命じて迷惑させるのも心理的である。エチオピアで同様の場合に貸し方と借り方二人の片脚を足枷《あしかせ》で縛り合せて不自由させるという話と似ていて可笑しい。また有名な「三人一両損」の裁判でもこれを西鶴に扱わせるとその不自然な作り事の化けの皮が剥がれるから愉快である。勿論これらの記事はどこまでが事実でどこからが西鶴の創作であるかは不明であるが、いずれにしてもこれらの素材の取扱い
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