通ずる所があると云われる。また例えば山伏の橙汁の炙出《あぶりだ》しと見当をつけてから、それを検証するために検査実験を行って詐術を実証観破するのも同様である。「十夜の半弓《はんきゅう》」「善悪ふたつの取物」「人の刃物を出しおくれ」などにも同じような筆法が見られる。
 また一方で、彼の探偵物には人間の心理の鋭い洞察によって事件の真相を見抜く例も沢山ある。例えば毒殺の嫌疑を受けた十六人の女中が一室に監禁され、明日残らず拷問《ごうもん》すると威《おど》される、そうして一同新調の絹《すずし》のかたびらを着せられて幽囚の一夜を過すことになる。そうして翌朝になって銘々《めいめい》の絹帷子《きぬかたびら》を調べ「少しも皺《しわ》のよらざる女一人有」りそれを下手人と睨《にら》むというのがある。「身に覚なきはおのづから楽寝|仕《つかまつ》り衣裳付|自堕落《じだらく》になりぬ。又おのれが身に心遣ひあるがゆへ夜もすがら心やすからず。すこしも寝ざれば勝《すぐ》れて一人帷子に皺のよらざるを吟味の種に仕り候」とある。少し無理なところもあるが、狙い処は人間のかくれた心理の描写にある。この一篇で、幽閉された女中等が泣い
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