巧智の例として挙げたものと見られる。
それはとにかく西鶴のオリジナリティーの尊重の中にも、西鶴の中の科学的な要素の一つを認めることが出来るかと思われる。
次には、『桜陰比事』に最も明白に現われている西鶴の「探偵趣味」とも称すべきものが、これもまたある意味では西鶴の中の科学者の面貌を露出したものと云われるであろう。尤もこの短篇探偵小説における判官の方法は甚だしく直観的要素の勝ったもので解析的論理的な要素には乏しいと云わねばならないが、しかし現代科学の研究法の中にも実はこの直観的要素が極めて重要なものであって、これなしには科学の本質的な進歩はほとんど不可能であるということはよく知られたことである。とにかくそういう見方から西鶴の探偵趣味とその方法を観察するのも一興であろう。
例えば殺人罪を犯した浪人の一団の隠れ家の見当をつけるのに、目隠しされてそこへ連れて行かれた医者がその家で聞いたという琵琶《びわ》の音や、ある特定の日に早朝の街道に聞こえた人通りの声などを手掛りとして、先ず作業仮説を立て、次にそのヴェリフィケーションを遂行して、結局真相をつき止めるという行き方は、科学の方法と一脈の相
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