思議があり、秘密がある。この秘密こそ発声映画研究家のまじめに研究し解決すべきものであろう。この現象の原因はどこにあるか、それは自分にはまだよくわからない、しかし、次のようなことも考えられる。
 われわれは人形が声を発しない事を知っている。しかし人形の表情の暗示によってそれが声を発してくれる事を要求している。その要求に適合しうべき声がどこかから聞こえてくるとすれば、その声はひとりでに人形に乗り移ってしまう。ところが、これが人間の役者の場合だとそうは行かない。われわれは人間が声を発しうることを知っている。のみならず、その声がどこから、どういうふうに聞こえなければならぬかを熟知し期待している。それが、ちがった見当から、ちがったふうに聞こえてくると、結果は当然幻滅であり矛盾である。これは自然なものと不自然なものとの衝突から生じる破綻《はたん》である。要するにわれわれが人形の声を知らぬことがこの秘密のかぎであるのではないか。
 これに似たことは映画の発声漫画においてしばしば発見されるかと思う。たとえば黒い線だけで描いた漫画の犬が妙な声をだして何か歌うとする、これが本物の犬の映像だとはなはだ困るで
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