生ける人形
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)田舎《いなか》に

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)夕飯後|明治座《めいじざ》へ行った

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から3字上げ](昭和七年六月、東京朝日新聞)
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 四十年ほど昔の話である。郷里の田舎《いなか》に亀《かめ》さんという十歳ぐらいの男の子があった。それが生まれてはじめて芝居というものを見せられたあとで、だれかからその演劇の第一印象をきかれた時に亀さんはこう答えた。「妙なばんばが出て来て、妙なじんまをずいて、ずいてずきすえた」これを翻訳すると「変な老婆が登場して、変な老爺《ろうや》をしかり飛ばした」というのである。その芝居の下手《へた》さが想像される。
 つい近ごろある映画の試写会に出席したら、すぐ前の席にやはり十歳ぐらいの男の子を連れた老紳士がいた。その子供がおそらく生まれてはじめて映画というものを見たのではないかと想像されたのは、映画中なんべんとなく「はあー、いろんなことがあるんだねえ。……はあ、いろんなことがあるんだねえ」
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