瀬戸内海の潮と潮流
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)沢山《たくさん》あります。

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)百|尋《ひろ》以上も深く

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)夕凪[#「夕凪」に傍点]が
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 瀬戸内海はその景色の美しいために旅行者の目を喜ばせ、詩人や画家の好い題目になるばかりではありません。また色々な方面の学者の眼から見ても面白い研究の種になるような事柄が沢山《たくさん》あります。一体、あのような込み入った面白い地形がどうして出来たかという事は地質学者の議論の種になっているのです。また瀬戸内海の沿岸では一体に雨が少なかったり、また夏になると夕方風がすっかり凪《な》いでしまって大変に蒸暑《むしあつ》いいわゆる夕凪[#「夕凪」に傍点]が名物になっております。これらはこの地方が北と南に山と陸地を控えているために起る事で、気象学者の研究問題になります。しかし、ここには私はただ少しばかり瀬戸内海の中の水の運動の事について御話ししましょう。
 一体、海の面はどこでも一昼夜に二度ずつ上がり下がりをするもので、それを潮の満干《みちひ》と云います。これは月と太陽との引力のために起るもので、月や太陽が絶えず東から西へ廻るにつれて地球上の海面の高く膨《ふく》れた満潮《みちしお》の部分と低くなった干潮《ひきしお》の部分もまた大体において東から西へ向かって大洋《おおうみ》の上を進んで行きます。このような潮の波が内海のようなところへ入って行きますと、色々に変った事が起ります。ことに瀬戸内海のように外洋《そとうみ》との通路がいくつもあり、内海の中にもまた瀬戸が沢山あって、いくつもの灘《なだ》に分れているところでは、潮の満干もなかなか込み入って来てこれを詳しく調べるのはなかなか難しいのです。しかし、航海の頻繁なところであるから潮の調査は非常に必要なので、海軍の水路部などでは沢山な費用と時日を費やしてこれを調べておられます。東京辺と四国の南側の海岸とでは満潮の時刻は一時間くらいしか違わないし、満干の高さもそんなに違いませんが、四国の南側とその北側とでは満潮の時刻は大変に違って、ところによっては六時間も違い一方の満潮の時に他の方は干潮になる事もあります。また、内海では満干の高さが外海の倍にもなる
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