と末梢《まっしょう》のほうへ出払ってしまって、急に頭の中が萎縮《いしゅく》してしまうような気がする。実際脳の灰白質を養う血管の中の圧力がどれだけ減るのかあるいは増すのかわからないが、ともかくもそんな気がする。そうしてなんとなく空虚と倦怠《けんたい》を感じると同時に妙な精神の不安が頭をもたげて来る。なんだかしなくてはならない要件を打ち捨ててでもあるような心持ちが始終につきまとっている。それが少しひどくなって来ると、自分が何かしらもっと積極的な悪事を犯していて、今にもその応報を受けるべき時節が到来しそうな心持ちになる。これがもう一歩進むと立派な精神病になるのだが幸いにそこまでにはならない。そうしてこういう時はちょっと風呂《ふろ》にでもはいって来ると全く生まれ変わったように常態に復する。
このような変化がどうして起こるかはわからないが、いちばん直接な原因はやはり血液の循環の模様が変わったために脳の物質にどうにか反応する点にあると素人《しろうと》考えに考えている。そのどうにかが一番の問題である。
物質と生命の間に橋のかかるのはまだいつの事かわからない。生物学者や遺伝学者は生命を切り砕いて細
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