い事になる。
三
春が来ると自然の生物界が急ににぎやかになる。いろいろの花が咲いたりいろいろの虫の卵が孵化《ふか》する。気候学者はこういう現象の起こった時日を歳々に記録している。そのような記録は農業その他に参考になる。
たとえばある庭のある桜の開花する日を調べてみると、もちろん特別な年もあるが大概はある四五日ぐらいの範囲内にあるのが通例である。これはなんでもないようでずいぶん不思議な事である。開花当時の気温を調べてみても必ずしも一定していない。無論その間ぎわの数日の気温の高低はかなりの影響をもつには相違ないが、それにしてもこの現象を決定する因子はその瞬間の気象要素のみではなくて、遠くさかのぼれば長い冬の間から初春へかけて、一見活動の中止しているように見える植物の内部に行なわれていた変化の積算したものが発現するものと考えられる。
そこへ行くと人間などはだらしのないものである。仕事が忙しかったり、つい病気したりしていると、いつのまにか柳が芽を吹いたり、桜のつぼみのふくらむのを知らないでいて、急に気がついて驚く事がある。
うっかりしている間に学年試験が目の前に来てい
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