のは事実である。
 しかしたとえば東京なら東京という定まった土地では、一年じゅうの気候の変化にはおのずからきまった平均の径路がある。それが週期的ないし非週期的の異同の波によって歳々の不同を示す。
 この平均温度というものが往々誤解されるものである。どうかするとその月にその温度の日が最も多いという意見に思いちがえられるのである。しかし実際は月の内でその月の平均温度を示していた時間はきわめてまれである。
 それと事がらは別だが、いわゆる輿論《よろん》とか衆議の結果というようなものが実際に多数の意見を代表するかどうか疑わしい場合がはなはだ多いように思う。それから、また志士や学者が言っているような「民衆」というような人間は捜してみると存外容易に見つからない。飢えに泣いているはずの細民がどうかすると初鰹魚《はつがつお》を食って太平楽を並べていたり、縁日で盆栽をひやかしている。
 これも別の事であるが流行あるいは最新流行という衣装や粧飾品はむしろきわめて少数の人しか着けていない事を意味する。これも考えてみると妙な事である。新しい思想や学説でも、それが多少広く世間に行き渡るころにはもう「流行」はしな
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