抹殺《まっさつ》する事ではなくて、逆に「物質の中に瀰漫《びまん》する生命」を発見する事でなければならない。
 物質と生命をただそのままに祭壇の上に並べ飾って賛美するのもいいかもしれない。それはちょうど人生の表層に浮き上がった現象をそのままに遠くからながめて甘く美しいロマンスに酔おうとするようなものである。
 これから先の多くの人間がそれに満足ができるものであろうか。
 私は生命の物質的説明という事からほんとうの宗教もほんとうの芸術も生まれて来なければならないような気がする。ほんとうの神秘を見つけるにはあらゆる贋物《にせもの》を破棄しなくてはならないという気がする。

       六

 日本の春は太平洋から来る。
 ある日二階の縁側に立って南から西の空に浮かぶ雲をながめていた。上層の風は西から東へ流れているらしく、それが地形の影響を受けて上方に吹きあがる所には雲ができてそこに固定しへばりついているらしかった。磁石とコンパスでこれらの雲のおおよその方角と高度を測って、そして雲の高さを仮定して算出したその位置を地図の上に当たってみると、西は甲武信岳《こぶしだけ》から富士《ふじ》箱根《はこ
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