ううわさの生まれたのはいつの世でも同じだと思われる。この戦《いくさ》を歌った当時の詩人の歌の最後の句にも「人はその願う事をやがて信ずる」と言っている。
ピアノの音はこの物語の終わりまでつづいて行った。読み終わった本を枕《まくら》もとへ置いて、蒲団《ふとん》をかぶって聞いていると、音楽の波に誘われて物語の幻は幾度となく繰り返し繰り返し現われた。そしてこの王の運命の末路のはかなさがなんとなしに身にしみるようであった。
その後にまたつづけて書物の後半になっているセント・オラーフの一代記を読んだ。
向こうところに敵なくして剣の力で信仰と権勢を植え付けて行った半生の歴史はそれほど私の頭に今残っていないが、全盛の頂上から一時に墜落してロシアに逃げ延び、再びわずかな烏合《うごう》の衆を引き連れてノルウェーへ攻め込むあたりからがなんとなく心にしみている。そのころから王の周囲には一種の神秘的な影がつきまとっていて不思議な幻を見たり、さまざまな奇蹟《きせき》を現わしている。
スチクレスタードの野の戦《いくさ》の始まる前に、王は部下の将卒の団欒《だんらん》の中で、フィン・アルネソンのひざを枕《まくら
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