の波は、私が読んでいる千年前の船戦《ふないくさ》の幻像の背景のようになって絶え間なくつづいて行った。音が上がって行く時に私の感情は緊張して戦の波も高まって行った。音楽の波が下がって行く時に戦もゆるむように思われた。投《な》げ槍《やり》や斧《おの》をふるう勇士が、皆音楽に拍子を合わせているように思われた。そして勇ましいこの戦《いくさ》の幻は一種の名状し難い、はかない、うら悲しい心持ちのかすみの奥に動いているのであった。
今はこれまでというので、王と将軍のコールビオルンは舷《ふなばた》から海におどり入る。エリックの兵は急いで捕えようとしたが、王は用心深く盾《たて》を頭にかざして落ち入ったので捕える事ができなかった。盾《たて》を背にしていた将軍は盾の上に落ちかかり、沈む事ができなかったために虜《とりこ》となった。
王はこの場で死んだと思われた。しかし泳ぎの達人であった王は、盾の下で鎖帷子《くさりかたびら》を脱ぎ捨てここを逃げのびてヴェンドランドの小船に助けられたといううわさも伝えられた。ともかくも王の姿が再びノルウェーに現われなかったのは事実である。
すぐれた英雄の戦没した後に、こうい
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