秋の歌
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)荒れ果てた小径《こみち》を

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(例)[#地から1字上げ](大正十一年九月『渋柿』)
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 チャイコフスキーの「秋の歌」という小曲がある。私はジンバリストの演奏したこの曲のレコードを持っている。そして、折にふれて、これを取り出して、独り静かにこの曲の呼び出す幻想の世界にわけ入る。
 北欧の、果てもなき平野の奥に、白樺の森がある。歎くように垂れた木々の梢は、もう黄金色に色づいている。傾く夕日の空から、淋しい風が吹き渡ると、落葉が、美しい美しい涙のようにふり注ぐ。
 私は、森の中を縫う、荒れ果てた小径《こみち》を、あてもなく彷徨《さまよ》い歩く。私と並んで、マリアナ・ミハイロウナが歩いている。
 二人は黙って歩いている。しかし、二人の胸の中に行《ゆ》き交《か》う想いは、ヴァイオリンの音になって、高く低く聞こえている。その音は、あらゆる人の世の言葉にも増して、遣《や》る瀬《せ》ない悲しみを現わしたものである。私がGの絃で話せば、マリアナはEの絃で答える。絃
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