の音が、断えては続き続いては消える時に、二人は立止まる。そして、じっと眼を見交《みか》わす。二人の眼には、露の玉が光っている。
 二人はまた歩き出す。絃の音は、前よりも高くふるえて、やがて咽《むせ》ぶように落ち入る。
 ヴァイオリンの音の、起伏するのを受けて、山彦の答えるように、かすかな、セロのような音が響いて来る。それが消えて行くのを、追い縋りでもするように、またヴァイオリンの高音が響いて来る。
 このかすかな伴奏の音が、別れた後の、未来に残る二人の想いの反響である。これが限りなく果敢《はか》なく、淋しい。
「あかあかとつれない秋の日」が、野の果に沈んで行く。二人は、森のはずれに立って、云い合わせたように、遠い寺の塔に輝く最後の閃光を見詰める。
 一度乾いていた涙が、また止《と》め度《ど》もなく流れる。しかし、それはもう悲しみの涙ではなくて、永久に魂に喰い入る、淋しい淋しいあきらめの涙である。
 夜が迫って来る。マリアナの姿はもう見えない。私は、ただ一人淋しく、森のはずれの切株に腰をかけて、かすかな空の微光の中に消えて行く絃の音の名残を追うている。
 気がつくと、曲は終っている。そし
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