蒸発皿
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)晩餐《ばんさん》をとりながら

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)消極的|退嬰的《たいえいてき》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から3字上げ](昭和八年六月、中央公論)
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     一 亀井戸まで

 久しぶりで上京した友人と東京会館で晩餐《ばんさん》をとりながら愉快な一夕を過ごした。向こうの食卓には、どうやら見合いらしい老若男女の一団がいた。きょうは日がよいと見える。近ごろの見合いでは、たいてい婿殿のほうがかえって少しきまりが悪そうで、嫁様のほうが堂々としている。卓上の花瓶《かびん》に生けた紫色のスウィートピーが美しく見えた。
 会館前で友人と別れて、人通りの少ない仲通りを歩いていると、向こうから子供をおぶった男が来かかって、「ちょっと伺いますが亀井戸《かめいど》へはどう行ったらいいでしょう。……玉《たま》の井《い》という所へ行くのですが」と言う。「それなら、あしこから電車に乗って車掌によく教えてもらったほうがいいでしょう、」というと「いや、歩
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