少しでも貢献することを遠慮したほうがよさそうにも思われる。
 それほど満員でない時に、たとえば三階四階間の上下にわざわざ昇降機を呼び止めて利用する人もある。この場合には自分のわずかな時間と労力の節約のために他の同乗者のおのおのから数十秒ずつの時間を強要し消費することになるのである。これも遠慮したほうがよさそうに思われる。
 しかし、昇降機のほうから言えば何階で止まるも止まらぬのもたいした動力のちがいはないであろうし、それが違ったところで百貨店の損益にも電力会社の経営にも格別重大な影響を及ぼす気づかいはないであろう。また運転嬢の労力にしたところで二階で出る人のために扉《とびら》を開閉するのも二階ではいる人のために扉を開閉するのも同じであるからこれも別に問題にはならない。
 同乗客の側から言っても、他の便利のために少しの窮屈や時間の消費を我慢するくらいなことは当然な相互扶助の義務であろうから、なんの遠慮もいらないわけである。押し込まれるだけ押し込んでただ一階でも半階でも好きな所で乗って好きな所でおりればいいのである。また押し合いへし合うことのきらいな人間は遠慮なく昇降機を割愛して階段を昇降
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