て、いつのまにか方角がわからなくなってしまう、ということは、きわめて有りそうなことである。それが、たださえ暗い胸の闇路《やみじ》を夢のようにたどっている人間だとすれば、これはむしろ当然すぎるほど当然なことである。それで急に道を失ったと気がついて、はっとした時に、ちょうど来かかった人にいきなり道を聞くのになんの不思議もないことである。
 しかし、こんなことを考えている元のおこりはと言えば、ただかの男が自分に亀井戸への道を聞いたというきわめて簡単なただそれだけの事実に過ぎない。たったそれだけの実証的与件では何事も実証的に推論できるはずはない。小説はできても実話はできないのである。
 こんなことを考えながら歩いているうちに、いつのまにか数寄屋橋《すきやばし》に出た。明るい銀座《ぎんざ》の灯《ひ》が暗い空想を消散させた。
 紫色のスウィートピーを囲んだ見合いらしいはなやかな晩餐《ばんさん》の一団と、亀井戸《かめいど》への道を聞いた寒そうな父子《おやこ》との偶然な対照的な取り合わせが、こんな空想を生む機縁になったのかもしれない。丸《まる》の内《うち》の夜霧がさらにその空想を助長したのでもあろう。
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