は似ないで却ってよく平一に似ていると妹が云った事も思い出した。妹婿は日曜などにはよく家内連れで方々へ遊びに出た。達者で居たら今日あたりはきっと団子坂へでも行っているだろうと思う。妹は平一が日曜でも家に籠って読書しているのを見て、兄さんはどうしてそう出嫌いだろう、子供だってあるではなし、姉さんにも時々は外の空気を吸わせて上げるがいいなどと云った事もある。こんな事を思い出しては無意味に微笑している。
 向うの子供づれは須田町《すだちょう》で下りた。その跡へは大きな革鞄《かばん》を抱えた爺と美術学校の生徒が乗ってその前へは満員の客が立ち塞がってしまう。窮屈さと蒸《む》された人の気息とで苦しくなった。上野へ着くのを待ち兼ねて下りる。山内へ向かう人数につれてぶらぶら歩く。西洋人を乗せた自動車がけたたましく馳け抜ける向うから紙細工の菊を帽子に挿した手代《てだい》らしい二、三人連れの自転車が来る。手に手に紅葉の枝をさげた女学生の一群が目につく。博覧会の跡は大半取り崩されているが、もとの一号館から四号館の辺は、閉鎖したままで残っている。壁はしみに汚れ、明り取りの窓|硝子《ガラス》はところどころ破れ落ち
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