して世話をするものはない。もとより郷里の事情も知らぬではないがあまりに薄情だと思って一時はひどく憤慨し人非人のように罵ってもみた。時にはこれも畢竟《ひっきょう》妹夫婦があんまり意気地がないから親類までが馬鹿にするのだと独りで怒ってみて、どうでもなるがいいなどと棄鉢《すてばち》な事を考える事もあったがさて病人の頼み少ない有様を見聞き、妹がうら若い胸に大きな心配を抱いて途方にくれながらも一生懸命に立働いているのを見ると、非常に可哀相になって、役所の行き帰りには立ち寄って何かと世話もし慰めてもやる。妻と下女とをかわるがわる手伝いにやっていたが、立入って世話しているとまた癪にさわる事が出来て、罪もない妹に当りちらす。しかし宅《うち》へ帰って考えるとそれが非常に気の毒になって矢も楯もたまらなくなる。こんな工合で不愉快な日を送っているうちに病人は次第に悪くなってとうとう亡くなってしまった。病院から引取って形ばかりでも葬式をすませ、妹と姪とを自宅に引取るまでの苦労を今更のように思い浮べてみる。
殺風景な病室の粗末な寝台の上で最期の息を引いた人の面影を忘れたのでもない、秋雨のふる日に焼場へ行った時の
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