鐘に釁る
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)て幸田露伴《こうだろはん》博士

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)10−8[#「−8」は上付き小文字]
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 昔シナで鐘を鋳た後にこれに牛羊の鮮血を塗ったことが伝えられている。しかしそれがいかなる意味の作業であったかはたしかにはわからないらしい。この事について幸田露伴《こうだろはん》博士の教えを請うたが、同博士がいろいろシナの書物を渉猟された結果によると釁《ちぬ》るという文字は犠牲の血をもって祭典を挙行するという意味に使われた場合が多いようであるが、しかしとにかく、一書には鐘を鋳た後に羊の血をもってその裂罅《れっか》に塗るという意味に使われているそうである。孟子《もうし》にはそれが牛の血を塗ることになっているのである。
 鐘に血を塗るというのは、本来はおそらく犠牲の血によって物を祭り清めるという宗教的の意義しかなかったのであろうが、しかし特に鐘の割れ目に塗るということがあったとすると、それは何かしら割れ目のために生じた鐘の欠点を補正するという意味があったのではないかと疑わ
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