せる。そうしないと特に割れ目に塗るという言葉が無意味になってしまうのである。
もし空想をたくましゅうすることを許されれば、最初は宗教的儀式としてやっていた事が偶然鐘の音に対してある有利な効果のある事を発見し、次いでそれが鋳物の裂罅から来る音響学的欠点を修正するためだということに考え及び、そうして今度は意識的にそういう作業を施すようになったのかもしれないと思われるのである。
現在のわれわれの分子物理学上の知識から考えて、こういう想像は必ずしもそう乱暴なものではないということは次のような考察をすれば、何人《なんびと》にも一応は首肯されるであろうと思う。
金属と油脂類との間の吸着力の著しいことは日常の経験からもよく知られている。真鍮《しんちゅう》などのみがいた鏡面を水で完全に湿《うるお》すのが困難であるのは、目に見えない油脂の皮膜のためである。こういう皮膜がいわゆる boundary lubrication の作用をして面の固体摩擦を著しく減少することは Rayleigh, Hardy, Langmuir, Devaux らの研究によって明らかになったことである。こういう皮膜は多くの場
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