合に一分子だけの厚さをもつものであるから、割れ目の間隙《かんげき》が 10−8[#「−8」は上付き小文字]cm 程度である場合にこの種の皮膜ができればそれによって間隙は充填《じゅうてん》され、その皮膜はもはや流体としてではなく固体のごとき作用をして、音波が割れ目の面で反射され分散されるのを防止し、鐘の振動を完全にすることができるであろうと想像されうる。しかし黄銅の場合にこの種の単分子皮膜が固体面に沿うて自由に伸展し、吸着した湿気やガスを駆逐しつつ裂罅《れっか》を埋めるかどうかは実験しなければ確かなことはわからない。しかし他の多くのよく知られた実験の結果から推定してたぶん間違いないであろうと思われる。
割れ目があまり大きくては困るが、しかし必ずしも 10−8[#「−8」は上付き小文字] や 10−7[#「−7」は上付き小文字] でなくてもミクロン程度のものならば、その間隙を液体で充填することによって割れ目の面における音波の反射をかなりまで防止し従って鐘の正常な定常振動を回復することができるであろうと考えられる。もっとも割れ目の空隙《くうげき》が厚くなるほど、これを充填した血液の水分は蒸
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