おなか[#「おなか」に傍点]に弱い所のあるせいでしょう」と言ってくれた時には、何かなしに一種のありがたい福音を聞くような気がした。なんだか自分の意志によって制すべくして制しきれない心の罪が、どうにもならない肉体の罪に帰せられたように思われた。
 いわゆる笑うべき事がない時に笑い出すのは医者に診《み》てもらう場合に限らなかった。
 いちばん困るのは親類などへ行って改まった挨拶《あいさつ》をしなければならない時であった。ことに先方に不幸でもあった場合に、向こうで述べるべき悔やみの言葉を宅《うち》から教わって暗記して行って、それをそのとおりに言おうとする時に、突然例の不思議な笑いが飛び出してくるのである。その時の苦しさは今でも忘れる事ができない。なかなかおかしいどころではなかった。
 しかしそういう場合に私に応接した多くのおばさんたちは、子供の私がわけもなく笑い出してもそんな事はてんで問題にもならないようであった。かえって向こうでもにこにこして「たいへん大きくなった」などという。そんな事を言われてみると、もう少しも笑わなくともいいようになる。そうして同時になんとも言えない情けない自卑《ヒュー
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