文台から放送される時報を受け取ってクロノメーターの時差を験するためである。
このテントから少し北に離れて住居用の長方形テントが張ってある。ここがT君と陸地測量部から派遣された二人の測夫と三人の仮の宿である。これからまた少し離れた斜面にヤシャブシを伐採して急造した風流な緑葉ぶきの炊事小屋が建ててある。三本の木の株で組み立てられた竈《かまど》の飯釜《めしがま》の下からは楽しげな炊煙がなびいている。小屋の中の片側には数日分の薪材《しんざい》に付近の灌木林《かんぼくりん》から伐《き》り集めた小枝大枝が小ぎれいに切りそろえ積みそろえられていかにも落ち着いた家庭的な気持ちを感じさせる。
測量部の測夫たちは多年こうした仕事に慣れ切っていて、一方では強力《ごうりき》人夫の荒仕事もすると同時にまた一方ではまめやかな主婦のいとなみもするのである。そうしてまた一方では観測仕事の助手としても役に立つという世にも不思議な職業である。年じゅう人の行かない山の中でこうした生活をして、陸地測量、地図作製という文化的な基礎仕事に貢献しているのである。
測夫の一人はもう四十年も昔からこの仕事をつづけているそうで、北
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