うに見える。
 この日Qが用意して来た材料は、私の病気に関した事であった。つまり私が、わざわざ自分の病気をわるくして長引かしては密かに喜んだりする一種の精神病者に似た心理状態にあるという事を巧みに暗示すると云うよりはむしろ露骨に押しつけようというのであった。自分はQに云われる前から自分の頭の奥底にどこかこのような不合理な心理状態が潜んでいるのではないかと疑ってみた事があっただけにこのQの暗示はかなりのききめがあった。
 Qが帰ってから昼飯を食った。それから子供部屋へ行ってオルガンをひいた。
 その日はよく晴れて暑い日であった。子供部屋の裏の縁先にある花壇には、強烈な正午過ぎの日光が眩しいように輝いて、草木の葉もうなだれているようであった。花豆の赤い花が火のように見えた。しかしこの部屋はいちばん風がよく吹き通すので、みんながここに集まっていた。子供等は寝転んで本を見ているのもあれば、絵具箱を出して絵を描いているのもあった。老人は襖《ふすま》に背をもたせて御伽噺《おとぎばなし》の本を眼鏡でたどっていた。私は裏庭を左にした壁のオルガンの前に腰かけて、指の先の鍵盤から湧き上がる快い楽音の波に包
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