、人の接近する事が頻繁であったりするので蜂にとってはあまり都合のいい場所ではない。しかし果して蜂がその本能あるいは智慧で判断していったん選定した場所を、作業の途中で中止して他所《よそ》へ移転するというような事があるものか、ないものか、これは専門の学者にでも聞いてみなければ判らない事である。
もしSの判断が本当であったとしたら、つまり私は自分の想像の中で強いて憐れな蜂を殺してしまって、その死を題目にした小さな詩によって安直な感傷的の情緒を味わっていた事になるかもしれない。しかしいずれにしても私の幻想を無雑作に事務的に破ってしまったSに対して、軽い不平を抱かないではいられなかった。そしてこんな些細な事柄にもオプチミストとペシミストの差別は現われるものかと思ったりした。
今日覗いてみると蜂の巣のすぐ上には棚蜘蛛《たなぐも》が網を張って、その上には枯葉や塵埃がいっぱいにきたなくたまっている。蜂の巣と云いながら、やはり住む人がなくて荒れ果てた廃屋のような気がする。この巣のすぐ向う側に真紅のカンナの花が咲き乱れているのがいっそう蜂の巣をみじめなものに見せるようであった。
私はともかくこの巣を
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