ない事にきめた。その代りに銘々《めいめい》に何か望みの本や玩具を買ってやる事にして、それで現代が生み出したこの一種の新しい父親の義務といったようなものを免《ゆる》してもらう事にした。
 年とった方の子供等は書籍を買った。近頃絵が面白くなった末から二番目の八重子は水彩絵具と筆とを買って規定の金額は一度に使ってしまった。末の冬子は線香花火や千代紙やこまごました品を少しずつしか買わないので、配当されたわずかな金が割合に長く使いでがあるようであった。そういう事実は多少小さな姉や兄の注意をひいているらしかった。
 学校へ出ている子等は毎朝復習をしていた。まだ幼稚園の冬子はその時間中相手になってくれる人がないので、仲間はずれの佗《わび》しさといったようなものを感じているらしかった。それで自分も祖母の膝の前へ絵雑誌などをひろげてやはり一種の復習をしている事もあった。
 この四、五月頃から父親が毎日絵を描いていたのが子供等に影響して、みんなが熱心な自由画家になってしまった。誰の発案だか小さな「絵の雑誌」をこしらえた。五人の子供が銘々に隠しあって描いたのを長女が纏めて綴った後に発表する事にしていた。「み
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