は冗談のつもりで云ったのだが子供には私の意味がよく分るまいと思った。それで誤解をしないために次のような説明をしておかなければならなかった。
 新星の出現する機会《チャンス》はきわめて少ない。われわれ素人が星座の点検をする機会もまたはなはだ少ない。従って先ず[#「先ず」に傍点]新星が現われて、それから[#「それから」に傍点]われわれがそれを発見するという確率《プロバビリティ》は、二つの小さな分数の相乗積であるから、つまりごく小さいもののまだ小さい分数に過ぎない。これに反して毎晩欠かさず空の見張りをしている専門家にとっては、「偶然」はむしろ主に星の出現という事のみにあって、われわれの場合のように星と人とに関する二重の「偶然」ではない。強いて云えば天気の晴曇や日常の支障というような偶然の出来事のために一日早く見付けるかどうかという事が問題になるだけであろう。
 この説明は子供には、よく分らないらしかった。
 そのうちにまた曇天が続いて朝晩はもう秋の心地がする。どうかすると夜風は涼し過ぎる。涼み台もつい忘れられがちになった。従って星の事ももう子供の頭からは消えてしまっているらしい。新星の今後の
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