立たさせるためにわざわざ浅岡に水を汲みにやって廊下でこのおばさんに出逢わせておく必要のあることは勿論である。
浅岡田代が去ったあとへ悪漢旧情夫が登場するのであるが、しかし彼がいよいよダンサーを殺す残酷な現場は電気係が配電盤のスウィッチをひねって綺麗に消してしまう。殺す理由がどうもはっきりしないが、とにかく殺せばそれでよいのである。さて、この真犯人の姿と顔とを誰かにこの現場近くではっきり見届けさせておかないとあとで困る。しかしまた、この一番大切な証人は最後の瞬間までかくれて出頭しないようにしておかないと工合が悪い。そうしないと早く片がつき過ぎて困るのである。そのためにこの証人には何かしら少し後ろ暗い所業を、しかもこの事件に聯関してさせておかないと都合がよくない。それかと云ってあんまり悪い事ではまた困るのである。この難儀な迷惑な証人の役目を負わせるための適任者は、別に物色するまでもなく例の夕刊嬢において見出されるのである。一度拒絶した五円を貰わねばやはり父の薬が買えない。その五円をもった田代がこのアパートに来ているものと見当をつけて尋ねて来るところに多少の複雑な心理的な味を見せようという
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