うな顔である。
KFという女優らしい。それはこれから見に行こうとしている明治座の喜劇に出演する筈《はず》のその当人であるらしい。舞台顔は数回、但《ただ》しいつもだいぶ遠方の二等席からではあるが、見たことがあり、演芸の雑誌などでしばしば写真を見たことがある。しかし、それにしても乗っているのが青バスであるのに、服装がどうも自分の想像している名代《なだい》女優というものの服装とはぴったり符合しない。多分|銘仙《めいせん》というのであろう。とにかくそこいらを歩いている普通十人並の娘達と同じような着物に、やはりありふれたようなショールを肩へかけて、髪は断髪を後ろへ引きつかねている。しかし白粉気《おしろいけ》のない顔の表情はどこかそこらの高等女学校生徒などと比べては年の割にふけて見えるのである。ほぼ同年頃の吾等《われら》の子供等と比べると眉宇《びう》の間にどことなしに浮世の波の反映らしいものがある。膝の上にはどうも西洋菓子の折らしい大きな紙包みを載せている。
聞くところによると、そのKという女優は、富豪の娘に生れ、当代の名優と云われるTKの弟子になってその芸名のイニシアルを貰い、花やかに売出し
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