みれば流向がわかる、その程度の風にとんぼは敏感に反応して常に頭を風に面するような態度を取るのである。
もっとも、地上数メートルの間では風速は地面から上へと急激に増すから、電線の高さでは人間の感ずるよりはいくらか強い気流があるには相違ない。
谷あいの土地であるから地形により数町はなれると風向がよほどちがう場合が多い。そういう場合に、いつでもまたどこでも、その時その場所の風に頭を向けている。時刻がだいたい同じなら太陽の方向は同じであると考えていいのであるから、太陽の影響は、もしいくらかあるにはあるとしてもそれは第二次的以下のものであるという結論になるのである。
この瑣末《さまつ》な経験はいろいろなことを自分に教えてくれた。
最初気づいた時にはおそらく、微弱な風がちょうど偶然太陽の方向に流れていたであろう、それを考えないで、とんぼの尻《しり》をねじ向けたのは太陽だと早のみ込みをしてしまったのであった。
しかしまたこの事から、とんぼの止まっているときの体向は太陽の方位には無関係であるという結論を下したとしたら、それはまた第二の早合点という錯誤を犯すことになるであろう。この点を確かめる
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