引きつるようであった。そのためにこんな不安な夢を見たのであろう。
前々日A研究所の食堂で雑談の際に今度政府で新計画の航空路のうわさが出て、大阪《おおさか》から高知《こうち》までたった一時間五十五分で行かれるというような事を話し合った。その時自分の意識の底層に郷里の高知の町の影像が動きかけたが、それっきりで表層までは現われないで消えていた。それが夢の中で高知の播磨屋橋《はりまやばし》を呼び出し、また飛行機の構造か何かが二重層の文化街を暗示したのではないかと思われる。後の場面に現われた土佐《とさ》の山脈もまたここに縁を引いているかもしれない。
「みどりや」という宿屋には覚えがない。しかしやはり前日家人と沓掛《くつかけ》行きの準備について話をしたとき、今度行ったらグリーンホテルで泊まってそこでたまっている仕事を片付けようと思う、というようなことも言った覚えがある。しかし、グリーンホテルを緑屋などと訳してみた覚えは全然ないのであるが、いつか一度ぐらいひょっとそんな事を考えてそれきり忘れていたのが夢という現象の不思議な機巧によって忘却の闇《やみ》の奥から幻像の映写幕の上に引き出されたのではない
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