た風に解釈して、それだから概括的に小説は高級なもので随筆は低級なものであるという風に呑み込んでいる人が案外多いということに近頃気がついて、そういう事実に興味を感じている。こんな風に、文字の表面の意味とよほどちがった意味を読者に暗示するような記述法が新聞記事の中などには沢山に見出されるようであるが、これらも巧妙な修辞法の一例と思われる。
 とにかく科学者には随筆は書けるが小説は容易に書けそうもない。
 昔ある国での話であるが、天文の学生が怠けて星の観測簿を偽造して先生に差出したら忽《たちま》ち見破られてひどくお眼玉を頂戴した。実際一晩の観測簿を尤もらしく偽造するための労力は十晩百晩の観測の労力よりも大きいものだろうと想像されるのである。[#地から1字上げ](昭和九年八月『文学』)



底本:「寺田寅彦全集 第四巻」岩波書店
   1997(平成9)年3月5日発行
入力:Nana ohbe
校正:浅原庸子
2005年6月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作に
前へ 次へ
全11ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング