なことも考えた。この映画に現われて来る登場人物のうちで誰が一番幸福な人間かと思って見ると、天晴《あっぱ》れ衆人の嘲笑と愚弄の的になりながら死ぬまで騎士の夢をすてなかったドンキホーテと、その夢を信じて案山子《かかし》の殿様に忠誠を捧げ尽すことの出来たサンチョと、この二人にまさるものはないような気もするのであった。
燃え尽した書物がフィルムの逆転によって焼灰《やけばい》からフェニックスのごとく甦って来る。巻き縮んだ黒焦《くろこげ》の紙が一枚一枚するすると伸びて焼けない前のページに変る。その中からシャリアピンの悲しくも美しいバスのメロディーが溢れ出るのであった。
歴史に名を止めたような、えらい武人や学者のどれだけのパーセントが一種のドンキホーテでなかったか。現在眼前に栄えているえらい人達のうちにも、もしかしたら立派なドンキホーテが一人や二人はいるのではないか。そんなことを考えながら帝劇の玄関を下りて、雨のない六月晴の堀端《ほりばた》の薫風に吹かれたのであった。
八
随筆は誰でも書けるが小説はなかなか誰にでも書けないとある有名な小説家が何かに書いていたが全くその通り
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