面前に搬《はこ》ばれたときにこの四人の新人は、胡麻味噌に浸された鯛の繊肉を普通のおかずのようにして飯とは別々に食ってそうして最後に茶を別々に飲んでいた。ここにも伝統の破壊があるのである。一九三三年のオリジナルな鯛茶の喰い方なのである。

         五

 幕末ものの映画をその組成要素に分解してみると、割合に少数なエレメントで大抵の用を便じていることが分かる。「密謀の集会」「大広間の評定」「道中の行列」これには大抵同じ土手や昭和国道がつかわれる。「花柳街のセット」「宿屋の帳場」「河原の剣劇」「御寺の前の追駆け」「茶屋の二階の障子の影法師」それから……。それからまたどの映画にも必ず根気よく実に根気よく繰返される退屈な立廻りが、どうも孑※[#「子の一が右半分だけ」、第4水準2−5−87]《ぼうふら》の群や蚊柱《かばしら》の運動を聨想させる。これを製作する監督、またそれを享楽する映画ファンの忍耐心の強いのは驚嘆すべきものである。そうしてまた、あれだけ大勢があれだけ多数の大刀を振廻わして、そうして誰も怪我をしないようにするという芸術はおそらく世界にユニークなものであろう。そう思って見ているとあれは実に面白い見ものである。全く感嘆に値いするものである。
 土佐の田舎に「花取り」と称する踊がある。大勢の踊手が密集した方陣形に整列して白刃を舞わし、音楽に合せて白刃と紙の采配《さいはい》とを打合わせる。その度《たび》ごとに采配が切断されてその白い紙片が吹雪のように散乱する。音頭取が一つ拍子を狂わせるとたちまち怪我人が出来るそうである。
 映画の立廻りの代りにこの「花取り」を入れて一層象徴化されたる剣の舞を見せたらどうかと思うのである。その方がまだしも「芸術的な退屈」さである。[#地から1字上げ](昭和九年二月『文体』)



底本:「寺田寅彦全集 第四巻」岩波書店
   1997(平成9)年3月5日発行
入力:Nana ohbe
校正:浅原庸子
2005年6月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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