ほどこれならば存外ものになりそうだと思いながら見ていた。
 なお面白いのは一つ一つの煙の団塊の変形である。これがみな複雑な渦動《ヴォーテックス》の団塊であって、六《むつ》かしい運動を続けながら、だんだんに拡散して行くのである。昨年九月一日|被服廠跡《ひふくしょうあと》で起った火焔の渦巻を支配したと同じ方則がここにも支配しているのだろうと思って、一生懸命に眺めていたが、この模糊《もこ》とした煙の中から、そう手取早く要領を得た方則を読取る事は容易な仕事ではないのであった。
 五回に一回くらいは風船に旗を吊したものや、相撲や兵隊などの人形の出るのがあった。人形がゆらりゆらり御叩頭《おじぎ》をしたり、挙げた両手をぶらぶらさせながら、緩やかに廻転しながら下りて行くのは、ちょっと滑稽な感じのするものである。それが向う河岸の役所の構内へ落ちそうになると、そこの崖で見ていた中年の紳士の一人は急いで駆け出して行って、建物の向うに消えた。まさかあれを取るためにああ急いで駆けて行ったのでもあるまいが。
 そのうちに一つ、いつもとはちがって円筒形をした玉を込めているので、今度は何か変ったものが出るだろうと注意
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