くすぶ》って、ゆるやかな南の風に靡《なび》いていた。
 いちばん大きな筒から打上げる花火は、いちばん面白いものでなければならない、という理窟はどこからも出て来ない訳であった。それでも、なんだか少し欺《だま》されたような気がしたのは、存外自分ばかりではないだろうと思った。
 そして、自分はこれまでに、これとよく似た幻滅を感じさせられた色々の場合を想い起しながら、またあてもなく、祝日の人通りに賑わう銀座の方へ歩いて行った。

      二 ボーイ

 A町を横に入った狭い小路《こうじ》に一軒の小さな洋食店があった。たった一部屋限りの食堂は、せいぜい十畳くらいで、そこに並べてある小さな食卓の数も、六つか七つくらいに過ぎなかった。しかし部屋が割合に気持のいい部屋で、すべてが清楚な感じを与えた。のみならず、そこで食わせる料理も、味が軽くて、分量があまり多くなくて、自分の鈍い胃には比較的に工合がいいので、何かの機会にそこで食事をする事も稀ではなかった。
 広いこの都会の、数多い洋食店の中でも、自分の注文に合うような家はまことに稀であった。高等な料理店へ行けば、室内も立派で清潔ではあるが、そこに集まって食事をしている人達が、あまりに自分とはかけ距《はな》れた別の世界に属する人達のようであった。そういう中に交じってみると、自分がただ一人間違ってまぎれ込んだ異国の旅人でもあるような心持がして何となく圧迫を感じるのである。それかと云って、もう少し気楽なところでは、卓布や食器がひどく薄汚かったり、妙に騒々しかったり、それよりも第一料理が重苦しくて、自分の胃には拠《よんどころ》なく負担が過ぎるのである。
 そういう点で、自分の六かしい要求に比較的よくはまるのが、このA町の家であった。ここへは一団の政治界や経済界に羽をのして歩くようなえらい人達は来ないようであった。そうかと云ってあまり騒々しいぷろれたがり屋の酒呑み客も来なかった。来ている人は、もちろんどういう人か分らないが、何かしら少なくも自分と同じ世界のどこかに住んでいる人のような気がした。時々は家族連れの客も来ていたが、みんなつつましい、静かな人達のようであった。
 食卓には、いつも、切子《きりこ》ガラスの花瓶に、時節の花が挿してあった。それがどんな花であっても純白の卓布と渋色のパネルによくうつって美しかった。ガラス障子の外には、狭い
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