頃友人のうちでケンプェルが日本の事を書いた書物の挿絵を見た中に、京都の清水《きよみず》かどこかの景と称するものがあった。その絵の景色には、普通日本人の頭にある京都というものは少しも出ていなくて、例えばチベットかトルキスタンあたりのどこかにありそうな、荒涼な、陰惨な、そして乾き切った土地の高みの一角に、「屋根のある棺柩《かんきゅう》」とでも云いたいような建物がぽつぽつ並んでいる。そしてやはり干からびた木乃伊《ミイラ》のような人物が点在している。何と云っていいか分らないが、妙にきらきら明るくていて、それで陰気なおどろおどろしい景色である。dismal とか weird とか何かしらそんな言葉で、もっと適切な形容詞がありそうで想い出せない。
 総持寺の厖大《ぼうだい》な建築や記念碑を見廻した時に私を襲った感じが、どういうものかこのケンプェルの挿絵の感じと非常によく似ていた。
 摺鉢形の凹地《くぼち》の底に淀んだ池も私にはかなりグルーミーなものに見えた。池の中島にほうけ立った草もそうであった。汀《みぎわ》から岸の頂まで斜めに渡したコンクリートの細長い建造物も何の目的とも私には分らないだけにさら
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