らうるさく取りすがられ駆使される事なしに、そっとして構わないでおいてもらう事に最大の幸福を感ずるたちの人ではなかろうかと想像される。こういう型の学者があるとすれば、それを世間が本当に尊重するつもりなら、やはりはたから構わないで自由に芝生に寝転がって雲を眺めさせておく方がいちばんいいだろうと思う。
 そう云えばアインシュタインなども本来はやはりそういう型の学者のように私には思われる。ところが幸か不幸か彼も数年前から世間の眼の前に押し出された。そのために人のよく知る通り恐ろしく忙しいからだになってしまった。もっとも彼自身はそれを自分の楽しい義務のように考えているかのように見える。そして少しの厭な顔もしないで誰でもの要求を満足させるために忙殺されているように見える。これは美しい事である。
 しかし純粋に科学の進歩という事だけを第一義とする立場からいうとこれは少しアインシュタインに気の毒なような気もする。もう少し心とからだの安息を与えて、思いのままに彼の欲する仕事に没頭させた方が、かえって本当にこの稀有《けう》な偉人を尊重する所以《ゆえん》でもあり、同時に世界人類の真の利益を図る所以にもなりは
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