。野辺地《のへじ》の浜に近い灌木の茂った斜面の上空に鳶《とんび》が群れ飛んでいた。近年東京ではさっぱり鳶というものを見たことがなかったので異常に珍しくなつかしくも思われた。のみならず鳶のこのように群れているということ自身も珍しい。おそらく下には何かよほど豊富な獲物があるに相違ないが、それは何だか分らない。しかし、よもや心中《しんじゅう》でもあるまい。
 青森湾沿岸の家の屋根の様式は日本海海岸式で、コケラ葺《ぶき》の上に石塊を並べてあるのが多い。汽車から見た青森市の家はほとんど皆トタン葺またはコケラ葺の板壁である。いかにも軽そうで強風に吹飛ばされそうな感じがする。永久性と落着きのないのは、この辺の天然の反対である。浅虫《あさむし》温泉は車窓から見ただけで卒業することにした。
 夕方連絡船に乗る。三千四百トン余のタービン船で、なかなか綺麗で堂々としている。青森市の家屋とは著しい対照である。左舷に五秒ごとに閃光を発する平舘《たいらだて》燈台を見る。その前方遥かに七秒、十三秒くらいの間隔で光るのは竜飛岬《たっぴみさき》の燈台に相違ない。強い光束が低い雲の底面を撫《な》でてぐるりと廻るのが見える
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