》れがあり、焔の色には苦熱があり、ルビーの色は硬くて脆《もろ》い。血の汚れを去り、焔の熱を奪い、ルビーを霊泉の水に溶かしでもしたら彼の円山の緋鶏頭《ひげいとう》の色に似た色になるであろうか。
 定山渓《じょうざんけい》も登別《のぼりべつ》もどこも見ず、アイヌにも熊にも逢わないで帰って来た。函館から札幌までは赤※[#「魚+覃」、第3水準1−94−50]《あかえい》の尻尾《しっぽ》の部分に過ぎないが、これだけ行ったので北海道の本当の大きさがいくらか正しく頭の中で現実化されたように思う。この広大な土地に住む全体の人口は小東京市民のそれより少し多いくらいだそうである。どうも合点の行かないことだと思う。
 北海道の熊は古い古い昔に宗谷《そうや》海峡を渡って来たであろうと思われるが、どうして渡ったか、これも不思議である。大昔には陸地が続いていたのか、それとも氷がつながっていたのか誰に聞いてみても分らない。とにかく津軽海峡は渡れなかったものと見える。熊が函館まで南下して来て対岸の山々を眺めて、さてあきらめて引き返して行ったことを想像するのは愉快である。
 寒い覚悟で行った札幌は暖かすぎて、下手なあぶ
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