めた山腹の街の眺めがだんだんに変りながら遠くなって行く。天の一方には弦月《げんげつ》が雲間から寒い光を投げて直下の海面に一抹の真珠光を漾《ただよ》わしていた。
青森から乗った寝台車の明け方近い夢に、地下室のような処でひどい地震を感じた。急いで階段を駈け上がろうとすると、そこには子供を連れた婦人が立ちふさがっていて上がれない。やっと外へ出て見るとそこは上野公園のような処で、自動車やボーイスカウツが群集している。敵の飛行機から毒|瓦斯《ガス》の襲撃を受けたときの防禦演習をしているのだという。サイレンが鳴ると思ったら眼が覚めた。汽車はもう仙台へ着いていた。
帰宅してみると猫が片頬に饅頭大な腫物をこしらえてすこぶる滑稽な顔をして出迎えた。夏中ぽつりぽつり咲いていたカンナが、今頃になって一時に満開の壮観を呈している。何とか云う名の洋紅色大輪のカンナも美しいが、しかし札幌円山公園の奥の草花園で見た鎗鶏頭《やりげいとう》の鮮紅色には及ばない。彼地《かのち》の花の色は降霜に近づくほど次第に冴えて美しくなるそうである。そうして美しさの頂点に達したときに一度に霜に殺されるそうである。血の色には汚《けが
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