めた山腹の街の眺めがだんだんに変りながら遠くなって行く。天の一方には弦月《げんげつ》が雲間から寒い光を投げて直下の海面に一抹の真珠光を漾《ただよ》わしていた。
 青森から乗った寝台車の明け方近い夢に、地下室のような処でひどい地震を感じた。急いで階段を駈け上がろうとすると、そこには子供を連れた婦人が立ちふさがっていて上がれない。やっと外へ出て見るとそこは上野公園のような処で、自動車やボーイスカウツが群集している。敵の飛行機から毒|瓦斯《ガス》の襲撃を受けたときの防禦演習をしているのだという。サイレンが鳴ると思ったら眼が覚めた。汽車はもう仙台へ着いていた。
 帰宅してみると猫が片頬に饅頭大な腫物をこしらえてすこぶる滑稽な顔をして出迎えた。夏中ぽつりぽつり咲いていたカンナが、今頃になって一時に満開の壮観を呈している。何とか云う名の洋紅色大輪のカンナも美しいが、しかし札幌円山公園の奥の草花園で見た鎗鶏頭《やりげいとう》の鮮紅色には及ばない。彼地《かのち》の花の色は降霜に近づくほど次第に冴えて美しくなるそうである。そうして美しさの頂点に達したときに一度に霜に殺されるそうである。血の色には汚《けが》れがあり、焔の色には苦熱があり、ルビーの色は硬くて脆《もろ》い。血の汚れを去り、焔の熱を奪い、ルビーを霊泉の水に溶かしでもしたら彼の円山の緋鶏頭《ひげいとう》の色に似た色になるであろうか。
 定山渓《じょうざんけい》も登別《のぼりべつ》もどこも見ず、アイヌにも熊にも逢わないで帰って来た。函館から札幌までは赤※[#「魚+覃」、第3水準1−94−50]《あかえい》の尻尾《しっぽ》の部分に過ぎないが、これだけ行ったので北海道の本当の大きさがいくらか正しく頭の中で現実化されたように思う。この広大な土地に住む全体の人口は小東京市民のそれより少し多いくらいだそうである。どうも合点の行かないことだと思う。
 北海道の熊は古い古い昔に宗谷《そうや》海峡を渡って来たであろうと思われるが、どうして渡ったか、これも不思議である。大昔には陸地が続いていたのか、それとも氷がつながっていたのか誰に聞いてみても分らない。とにかく津軽海峡は渡れなかったものと見える。熊が函館まで南下して来て対岸の山々を眺めて、さてあきらめて引き返して行ったことを想像するのは愉快である。
 寒い覚悟で行った札幌は暖かすぎて、下手なあぶ
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