なっかしい講演をやっていると額に汗ばんだ。東京へ帰ってみると却って朝晩はうすら寒いくらいである。そうして熊の出ない東京には熊より恐ろしいギャングが現われて銀行を襲ったという記事で新聞が賑わった。色々のイズムはどんな大洋を越えてでも自由に渡って来るのである。
 市が拡張されて東京は再び三百年前の姿に後戻りをした。東京市何区何町の真中に尾花《おばな》が戦《そよ》ぎ百舌《もず》が鳴き、狐や狸が散歩する事になったのは愉快である。これで札幌の町の十何条二十何丁の長閑《のどか》さを羨まなくてもすむことになったわけである。[#地から1字上げ](昭和七年十一月『鉄塔』)



底本:「寺田寅彦全集 第四巻」岩波書店
   1997(平成9)年3月5日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:Nana ohbe
校正:浅原庸子
2005年6月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全8ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング