くほしがっていた新しいおもちゃを手に入れて始めてそれを試みようとする時、あるいは何かの研究に手をつけて、始めて新しい結果の曙光《しょこう》がおぼろに見え始めた時に感じるのと同じようなものであった。天地の間にあるものはただ向こうの森と家と芋畑とそして一枚のスケッチ板ばかりであった。
向こうの小道をまれに百姓が通ったが、わざわざ自分の所までのぞきに来る人は一人もなかった。
どれだけ時間が経過したかまるでわからなかった。ただ律儀《りちぎ》な太陽は私にかまわずだんだんに低くたれ下がって行って景色の変化があまりに急激になって来るので、いいかげんに切り上げてしまわなければならなかった。軽く興奮してほてる顔をさらに強い西日が照りつけて、ちょうど酒にでも微酔したような心持ちで、そしてからだが珍しく軽快で腹がいいぐあいにへっていた。
停車場まで来ると汽車はいま出たばかりで、次の田端《たばた》止まりまでは一時間も待たなければならなかった。構外のWCへ行ってそこの低い柵越《さくご》しに見ると、ちょうどその向こう側に一台の荷物車があって人夫が二人その上にあがって材木などを積み込んでいた。右のほうのバック
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