幾万幾千ボルトの三相交流が川の高い空をまたいでいるのに驚かされた。
先月からの雨に荒川《あらかわ》があふれたと見えて、川沿いの草木はみんな泥水《どろみず》をかむったままに干上がって一様に情けない灰色をしていた。全色盲の見た自然はあるいはこんなものだろうかという気がして不愉快であった。
高圧電線の支柱の所まで来ると、川から直角に掘り込んで来た小さな溝渠《こうきょ》があった。これに沿うて二条のトロのレールが敷いてあって、二三町隔てた電車通りの神社のわきに通じている。溝渠《こうきょ》の向こう側には小規模の鉄工場らしいものの廃墟《はいきょ》がある。長い間雨ざらしになっているらしい鉄の構造物はすっかり赤さびがして、それが青いトタン屋根と美しい配合を示している。煙突なども倒れかかったままになってなんとなく荒れ果てたながめである。この工場のために掘ったかと思われる裏のため池には掘割溝《ほりわりみぞ》から川の水を導き入れてあった。その水門がくずれたままになっているのも画趣があった。池の対岸の石垣《いしがき》の上には竹やぶがあって、その中から一本の大榎《おおえのき》がそびえているが、そのこずえの紅や
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