ではなかったが、しかし全くの偶然でもなかった。二つの事がらを制約する共通な条件はあった。ただその条件が必至のものでないだけの事であった。
毎日少しずつ鋏を使いながら少しずついろいろの事を考えた。いろいろの考えはどこから出て来るかわからなかった。前の考えとあとの考えとの関係もわからなかった。昔ミダス王の理髪師がささやいた秘密を蘆《あし》の葉が再びささやいたように、今この芝の葉の一つ一つが、昔だれかに聞いた事を今私にささやいているのかもしれない。
たとえば私は自分で芝を刈る事によって、植木屋の賃銀を奪っているのではないかという問題に出会った。そしていろいろもて扱っているうちに、これがもうかなりに古いありふれた問題である事に気がついた。それかと言ってこれに対する明快な解決はやはり得られなかった。
延び過ぎた芝の根もとが腐れかかっているのを見た時に、私はふと単純な言葉の上の連想から、あまりに栄え茂りすぎた物質的文化のために人間生活の根本が腐れかかるのではないかと思ってみた。そしてそれを救うにはなんとかして少しこの文明を刈り込む必要がありはしないかと考えた。しかし芝と文化とはなんの関係もな
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