味に笑ったり、泣いたりすることの「生理的効果」のほうが実は大衆観客のみならず演劇会社幹部の人たちの無意識の主要目的であるのかもしれない。そうだとすると、こうした芝居に見当違いの芸術批評などを試みるのは実に愚なことである。
それで、よく考えてみると、少なくも自分の近ごろの芝居見物は、実はそうした生理的効果を主要な目的としているようである。その点では按摩《あんま》をとったりズーシュを浴びたりするのと全く同等ではないかと思われて来るのである。
ことによると、こうした芝居の観客の九十パーセントぐらいまでは、自分では意識していなくとも実はやはりそうした精神的マッサージの生理的効果を目あてにして出かけるのではないかという疑いも起こし得られる。
十七 なぜ泣くか
芝居を見ていると近所の座席にいる婦人たちの多数が実によく泣く、それから男も泣く、泣きそうもないようなたくましい大男でかえって女よりもみごとによく泣くのもいる。
これらの観客はたぶんこうして泣きたいために忙しい中を繰り合わせ、乏しい小使い銭を都合して入場しているものと思われる。こうして芝居を見ながら泣くということは、それ
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