でないらしい。むしろ天然自然の肉体そのままの姿を人に見せてはいけない、そうすると何かしら不都合なことが起こるという考えがその根底にあるのではないかと疑われる。つまり一種のタブーからだんだんにこうした珍奇な習俗が発達したのではないかという気がするのである。これについてはたぶんその方面の学者たちの学説がいろいろあることと思われる。
いずれにしても、こんなふうに「化ける」ための化粧をするのはおそらく人間以外の動物にはめったにない事であろうと思われる。人間は火を使用する動物なりという定義とほぼ同等に化粧する動物なりという定義もできるかもしれない。そうだとすると、男も鉄漿黒々《かねくろぐろ》とつけていた日本の昔は今よりももっと人間のこの特権を充分に発揮していたことになるかもしれない。
十五 視角
はじめて飛行機に乗った経験を話している人が、空中から見た列車の長さがたったこれだけのひものようにしか見えなかったと言ってさし出した両手の間に約一尺ぐらいの長さを画して見せた。これは機上から見た列車の全長の「視角」がほぼ腕の長さに等しい距離において一尺の長さが有する視角に等しいという意味
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