のものが実は人間にとって意外な祝福をもたらすゆえんになるのである。
 鳥やねずみや猫《ねこ》の死骸《しがい》が道ばたや縁の下にころがっているとまたたく間にうじが繁殖して腐肉の最後の一片まできれいにしゃぶり尽くして白骨と羽毛のみを残す。このような「市井の清潔係」としてのうじの功労は古くから知られていた。
 戦場で負傷した傷に手当をする余裕がなくて打っちゃらかしておくと化膿《かのう》してそれにうじが繁殖する。そのうじがきれいに膿《うみ》をなめ尽くして傷が癒《い》える。そういう場合のあることは昔からも知られていたであろうが、それが欧州大戦以後特に外科医のほうで注意され問題にされ研究されて、今日では一つの新療法として特殊な外科的結核症や真珠工病《オステオミエリチス》などというものの治療に使う人が出て来た。こうなると今度はそれに使うためのうじを飼育繁殖させる必要が起こって来るのでその方法が研究される事になる。現に昨一九三四年のナツーアウィッセンシャフテン第三十一号に、その飼育法に関する記事が掲載されていたくらいである。
 うじがきたないのではなくて人間や自然の作ったきたないものを浄化するためにう
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